変更要約: 初版
6.2OR・IEと意思決定
複数案を数量的に評価して選ぶための道具——デシジョンツリー(期待値による意思決定)、PERT/CPM(クリティカルパスと日程短縮)、線形計画法・在庫管理(EOQ)・待ち行列、相関・回帰の落とし穴——を、ITストラテジストが投資案・計画を判断する場面で使いこなせるように学びます。
ITストラテジストは、複数の投資案・計画・調達案の中から、限られた資源で最大の効果を得られる案を数量的な根拠に基づいて選ぶ必要があります。オペレーションズリサーチ(OR)とインダストリアルエンジニアリング(IE)は、そのための道具箱です。この節では、不確実性下で案を選ぶデシジョンツリー(期待値による意思決定)、プロジェクトの最短完了日と短縮すべき作業を見抜くPERT/CPM、資源配分を最適化する線形計画法、発注量を最適化する在庫管理(EOQ)、そして相関を因果と取り違えない判断——といった、経営の意思決定を支える定量手法を、実際に計算して案を選ぶ場面を通じて学びます。
6.2.1期待値による意思決定(デシジョンツリー)
- デシジョンツリー=選択肢(意思決定ノード)と不確実な事象(確率ノード)を樹形図で表し、各案の期待値(=各結果の値×発生確率の総和)を計算して、原則として期待値が最大の案を選ぶ手法。IT投資や新規事業の可否など、結果が確率的にしか読めない判断に使う。
- 期待値だけでなく、最悪ケースの損失の大きさ(リスク許容度)も併せて考えることがある。期待値が高くても最悪損失が経営を揺るがすなら、より安全な案を選ぶ判断もあり得る——ただし「期待値による意思決定」と問われれば期待値最大の案が答え。
6.2.2日程・資源・在庫の最適化
- PERT/CPM=作業の先行関係をアローダイアグラムで表し、開始から終了までの最長経路=クリティカルパスを求める。クリティカルパスの長さがプロジェクトの最短完了日で、この経路上の作業を短縮しないと全体は縮まない。余裕(フロート)のある非クリティカルな作業を短縮しても完了日は変わらない。
- 線形計画法=制約条件(資源・容量の上限)の下で目的関数(利益・コスト)を最大化・最小化する資源配分の最適化手法。在庫管理(EOQ)=発注コストと在庫保有コストの合計が最小になる経済的発注量を求める手法で、両コストのトレードオフを取る。待ち行列=到着と処理の確率的なばらつきから待ち時間・行列長を評価する。
- 相関と因果は別物。二つの変数に強い相関があっても、一方が他方の原因とは限らない(季節性などの共通要因や逆の因果があり得る)。回帰分析の傾きは予測に使えるが、相関だけを根拠に施策の効果を断定してはならない。
「期待値=各結果の値×確率の総和、原則は期待値最大の案を選ぶ」「クリティカルパス=最長経路=最短完了日、短縮はこの経路上の作業でしか効かない」「EOQは発注コストと保有コストの合計最小」「強い相関は因果を意味しない」が最頻出です。「余裕のある作業を短縮すれば全体が縮む」「相関が高ければ因果は証明済み」という取り違えに注意しましょう。
あるITストラテジストが、新規デジタルサービスへの投資可否をデシジョンツリーで判断しています。案は二つあります。案A(大規模投資)は、市場が好調(確率0.5)なら利益8,000万円、市場が低迷(確率0.5)なら損失2,000万円。期待値は 0.5×8,000+0.5×(−2,000)=4,000−1,000=3,000万円です。案B(段階投資)は、好調(0.5)なら利益4,000万円、低迷(0.5)でも利益1,000万円。期待値は 0.5×4,000+0.5×1,000=2,000+500=2,500万円です。期待値による意思決定の原則に従えば、期待値が大きい案A(3,000万円)を選ぶのが答えになります——案Bは「低迷時も黒字で損失がない」点が心理的に魅力的ですが、期待値は案Aを下回ります。ここでストラテジストが踏まえるべきは、(1)「損失が出ない」ことと「期待値が高い」ことは別の評価軸であり、期待値で問われれば案Aが正解であること、(2)ただし案Aの最悪損失2,000万円が自社の体力を超えて経営を揺るがすなら、期待値を多少犠牲にしても案Bを選ぶという別の判断(リスク許容度)もあり得ること、の二点です。次に、選定したサービスの開発日程をPERTで詰めます。作業A(2日、先行なし)→B(4日)/C(3日)はAの後、D(3日)はBの後、E(5日)はCの後、F(2日)はDとEの完了後、という構成のとき、経路は「A→B→D→F=2+4+3+2=11日」と「A→C→E→F=2+3+5+2=12日」で、クリティカルパスは A→C→E→F の12日です。経営から「もう1日早めたい」と要請されたとき、ストラテジストが資源を投入すべきはクリティカルパス上の作業(C・E・A・F)です。所要4日で一見長く見える作業Bはフロート(余裕)を持つ非クリティカルな作業なので、いくら短縮しても全体の完了日12日は縮みません。このように、期待値は「どの案を選ぶか」を、クリティカルパスは「どこに資源を投入すれば効くか」を、数量的な根拠で示します。
| 手法 | 何を最適化/判断 | 落とし穴 |
|---|---|---|
| デシジョンツリー | 不確実性下で期待値最大の案を選ぶ | 「損失が無い案」=最適ではない(期待値で判断) |
| PERT/CPM | クリティカルパス=最短完了日・短縮対象 | 余裕ある作業を短縮しても全体は縮まない |
| 線形計画法 | 制約下で目的関数を最大/最小化 | 制約の見落としで最適解が非現実的に |
| 在庫管理(EOQ) | 発注コストと保有コストの合計最小 | 片方のコストだけ最小化すると総コスト増 |
| 相関・回帰 | 関係の強さの測定・予測 | 相関≠因果(共通要因・逆の因果) |
ひっかけ: 「デシジョンツリーでは損失が出ない案を選ぶのが常に正しい」は誤りです——期待値による意思決定では期待値が最大の案を選ぶのが原則で、損失の有無は別の評価軸(リスク許容度)です。また「PERTでは所要日数が最も長い作業を短縮すれば必ず全体が縮む」も誤り=短縮が効くのはクリティカルパス上の作業だけで、余裕のある非クリティカルな作業を縮めても完了日は変わりません。「相関係数が高ければ因果関係は証明済み」も誤りです(相関≠因果)。
6.2.3この節のまとめ
- デシジョンツリーは各案の期待値(値×確率の総和)を計算し、原則として期待値最大の案を選ぶ
- クリティカルパス=最長経路=最短完了日。短縮はこの経路上の作業でしか効かず、余裕のある作業を縮めても無効
- EOQは発注コストと保有コストの合計最小、相関≠因果(共通要因・逆の因果を疑う)
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理解度チェック
(軽い確認用)Q1. 新規デジタルサービスへの投資判断で、案A(大規模投資)は市場好調(確率0.5)で利益8,000万円・低迷(0.5)で損失2,000万円、案B(段階投資)は好調(0.5)で利益4,000万円・低迷(0.5)で利益1,000万円である。期待値による意思決定として最も適切なものはどれか。
Q2. あるシステム導入プロジェクトは作業A〜Fからなる。A(2日,先行なし)、B(4日,A後)、C(3日,A後)、D(3日,B後)、E(5日,C後)、F(2日,DとE後)。完了を1日でも早めるために資源を投入すべき作業として最も適切なものはどれか。
Q3. Web広告費と売上高に相関係数0.9の強い正の相関が見られた。この分析結果に基づくITストラテジストの判断として最も適切なものはどれか。

