変更要約: 初版
6.1セキュアプロトコルとVPN
IPパケットを暗号化・認証するIPsec(ESP・AH・IKE)のトランスポート/トンネルモード、Webの暗号化通信を支えるTLS、Webブラウザだけで使えるSSL-VPN、拠点間を結ぶサイト間VPNとリモートワーカー向けのリモートアクセスVPN、そしてNAT環境でIPsecを通すNAT-Tを学びます。
拠点間やリモートワーカーとの通信をインターネット経由で安全に行うには、盗聴・改ざん・なりすましへの対策が欠かせません。ネットワークスペシャリストには、要件(拠点間の常時接続か、外出先からの一時アクセスか)とセキュリティ要求(機密性まで必要か、完全性・送信元認証だけで足りるか)に応じて、IPsecのモード・SSL-VPNの方式を的確に選定・設計する能力が求められます。この節ではプロトコルの仕組みを踏まえた上で、構成判断の型を身につけます。
6.1.1IPsec(ESP・AH・IKE)
- IPsec=IP層でパケット単位の認証・完全性・機密性を実現するプロトコル群。AH(認証ヘッダ)は送信元認証と完全性検証のみを提供し暗号化は行わない。ESP(暗号化ペイロード)はデータの暗号化に加え認証・完全性も提供でき、機密性が必要な通信ではESPを選ぶ。
- トランスポートモード=元のIPヘッダはそのまま、ペイロード(上位層データ)のみを保護する方式。エンドツーエンド通信(ホスト間の直接通信)で使う。トンネルモード=元のIPパケット全体を新しいIPヘッダでカプセル化して保護する方式。拠点間VPN(ゲートウェイ間)で使い、内部ネットワークのアドレス構成を外部から隠せる。
- IKE(Internet Key Exchange)=IPsec通信の前段で、両者の認証とSA(セキュリティアソシエーション)(暗号アルゴリズム・鍵などの合意事項)を確立するプロトコル。IKEフェーズ1でIKE SA(制御通信の保護)を、フェーズ2でIPsec SA(実データの保護)を確立する2段階構成。
6.1.2TLSとSSL-VPN
- TLS=トランスポート層の上でアプリケーション通信を暗号化・認証するプロトコル。サーバ証明書によるサーバ認証、鍵交換によるセッション鍵の共有、共通鍵暗号によるデータの暗号化を組み合わせる。HTTPSはHTTPをTLSで保護したもの。
- SSL-VPN=TLS(歴史的経緯でSSLと呼ばれる)を用いてリモートアクセスVPNを実現する方式。専用クライアントソフトが不要なクリップレス方式(リバースプロキシ型)はWebブラウザだけでアクセスできる利点がある一方、対応できるアプリケーションが限定される。専用クライアントを使うL3方式はIPsecに近い柔軟性を持つ。
「AHは暗号化しない(認証・完全性のみ)」「ESPは暗号化+認証・完全性」「トランスポートモード=エンドツーエンド」「トンネルモード=拠点間ゲートウェイ間・内部アドレスを隠蔽」の対比が最頻出です。IKEがフェーズ1(制御チャネル保護)→フェーズ2(実データ保護)の2段階でSAを確立する流れも押さえましょう。
6.1.3サイト間VPN・リモートアクセスVPNとNAT越え
- サイト間VPN=本社・支社などの拠点間を、ゲートウェイ(ルータ/ファイアウォール)同士のIPsecトンネルで常時接続する方式。リモートアクセスVPN=在宅勤務者や出張者が個々の端末から社内ネットワークへ一時的に接続する方式で、SSL-VPNやIPsecクライアントを使う。
- NAT-T(NATトラバーサル)=IPsecのAH/ESPはNAT機器によるアドレス・ポート書き換えと相性が悪い(AHは改ざん検知でNATの書き換えを検出してしまい、ESPはポート番号を保持できずNAPTで複数セッションを識別できない)ため、IPsecパケットをUDPでカプセル化してNAT越えを可能にする技術。
ある企業で、本社と3つの支社間の基幹システム通信を常時暗号化しつつ、営業担当者が外出先のノートPCから社内ポータルに一時的にアクセスできるようにしたいという要件があるとします。ネットワーク設計者としてまず本社-支社間は、拠点間の全トラフィックを常時保護し、かつ内部のプライベートアドレス構成を外部から隠したいので、ゲートウェイ間のIPsecトンネルモード(ESP)によるサイト間VPNを選びます。AHでは暗号化されず基幹システムの通信内容が盗聴可能なままなので不適切です。次に営業担当者の外出先アクセスについては、支給端末にIPsecクライアントを導入・維持する運用コストと、外出先のホテルWi-Fi等でカフェの共有NAT環境から接続する可能性を考慮し、SSL-VPN(クリップレス方式)を選びます——Webブラウザだけで完結し、TLSはTCP上で動作するためNAT環境との親和性も高く、NAT-Tのような追加の越え技術を意識せずに済みます。もし複数拠点にまたがるモバイル端末が多数あり、かつIPsecでの構成を維持したい場合は、NAT配下からの接続に備えてNAT-Tを有効化しておく設計判断が必要になります。このように「常時接続の拠点間か、随時接続の個人端末か」「クライアントレスの簡便さか、IPsecの柔軟性か」という軸で、最適なVPN方式を選び分けるのが実務です。
| 方式 | 暗号化 | 主な用途 |
|---|---|---|
| IPsec AH | なし(認証・完全性のみ) | 改ざん検知が主目的の通信 |
| IPsec ESP | あり(+認証・完全性) | サイト間VPN(トンネルモード) |
| SSL-VPN(クリップレス) | あり(TLS) | リモートアクセスVPN(ブラウザのみ) |
ひっかけ: 「AHを使えば通信内容を盗聴から守れる」は誤りです——AHは認証・完全性のみを提供し、暗号化しないため通信内容は平文のまま読み取れます。機密性が必要ならESPを使います。また「トンネルモードはエンドツーエンド通信に使う」も誤り=トンネルモードはゲートウェイ間(拠点間)で使うのが典型で、エンドツーエンドにはトランスポートモードを使います。
6.1.4この節のまとめ
- AH=暗号化なし(認証・完全性のみ)、ESP=暗号化+認証・完全性。機密性が要件ならESPを選ぶ
- トランスポートモード=エンドツーエンド、トンネルモード=拠点間ゲートウェイ間で内部アドレスを隠蔽
- 拠点間の常時接続はサイト間VPN、個人端末の随時接続はSSL-VPN、NAT配下のIPsecにはNAT-T
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理解度チェック
(軽い確認用)Q1. 本社と支社のファイアウォール間で、基幹システムの通信内容を盗聴から保護しつつ内部アドレス構成も外部から隠したい。最も適した構成はどれか。
Q2. 外出先のノートPCから社内ポータルに一時的にアクセスする営業担当者向けに、専用クライアントの導入・維持コストを避けたい。最も適した方式はどれか。
Q3. IPsecクライアントを使う出張者の端末が、ホテルの共有Wi-Fi環境(NAPT配下)から本社ゲートウェイへ接続できず、原因を調査している。最も可能性の高い原因と対策はどれか。

