変更要約: 初版
5.1セキュアプロトコル
ネットワーク層で暗号化・認証を提供するIPsec(トランスポート/トンネルモード・ESP/AH・IKE)、トランスポート層のSSL/TLS(ハンドシェイクとTLS 1.3)、平文プロトコルを暗号化に昇格させるSTARTTLS、リモート操作を保護するSSH、Webを保護するHTTPS、メールを暗号化・署名するS/MIME、無線LANのWPA2/WPA3を、通信要件に応じて選定する判断力を養います。
ネットワークセキュリティの設計者にとって、「暗号化すればよい」という発想では不十分です。どの通信要件(拠点間VPN・メール送受信・Webアクセス・リモート管理・無線LAN)に、どの層でどのプロトコルを適用し、どのオプション(モード・鍵交換方式)を選ぶかを、要件と脅威モデルから逆算して決定する力が問われます。この節では代表的なセキュアプロトコルを、適用層・提供する保護(機密性/完全性/否認防止)・構成上の選択肢という3つの軸で整理します。
5.1.1IPsec(トランスポート/トンネルモード・ESP/AH・IKE)
- IPsec=IP層でパケット単位の機密性・完全性・認証を提供するプロトコル群。トランスポート モードはIPペイロードのみを保護しエンドツーエンド通信(ホスト間)に、トンネル モードはIPヘッダを含むパケット全体を新しいIPヘッダでカプセル化し拠点間VPN(ゲートウェイ間)に適する。
- ESP(Encapsulating Security Payload)=機密性(暗号化)・完全性・送信元認証を提供する。AH(Authentication Header)=完全性・送信元認証のみを提供し、暗号化は行わない(NATでIPヘッダが書き換わると認証に失敗しやすくNAT越えに弱い点もAHの弱点)。ペイロードを秘匿する要件があるかどうかがESP/AHの選定基準になる。
- IKE(Internet Key Exchange)=IPsecで使う鍵を安全に交換・合意するプロトコル。Diffie-Hellman鍵交換をベースに、通信の両者を相互認証しSA(セキュリティアソシエーション)を確立する。鍵の定期更新(リキー)にも使われ、手動鍵管理より運用負荷と危殆化リスクを下げる。
5.1.2SSL/TLSとHTTPS
- SSL/TLS=トランスポート層でアプリケーション間の通信を暗号化する仕組み。ハンドシェイクで、サーバ証明書の検証・鍵交換アルゴリズムの合意・セッション鍵(共通鍵)の生成を行い、以降の通信本体はその共通鍵で暗号化する(公開鍵暗号は鍵交換や認証に、共通鍵暗号は大量データの暗号化に使うハイブリッド方式)。
- TLS 1.3=旧バージョンよりハンドシェイクの往復回数を削減(1-RTT、条件を満たせば0-RTT再開も可能)し、危殆化した旧式の鍵交換・暗号方式(RSA鍵交換や旧ハッシュ等)を廃止してPFS(Perfect Forward Secrecy)を必須化した最新版。PFSにより、長期の秘密鍵が後で漏えいしても、過去に交換したセッション鍵は解読されない。
- HTTPS=HTTP通信をSSL/TLSでラップしたもの。Webサーバのなりすまし防止(サーバ証明書によるサーバ認証)と通信内容の盗聴・改ざん防止を同時に満たす、Webアクセス保護の標準解。
「ESP=暗号化する(機密性+完全性+認証)」「AH=暗号化しない(完全性+認証のみ)」「トランスポートモード=エンドツーエンド」「トンネルモード=拠点間VPN(ゲートウェイ間)」の対応が最頻出です。TLS1.3のPFS必須化・ハンドシェイク短縮も要点として押さえましょう。
5.1.3STARTTLS・SSH・S/MIME・無線LAN
- STARTTLS=もともと平文でやり取りするプロトコル(SMTP/IMAP/POP3等)が、通信途中で同じポート上のままTLSに昇格(アップグレード)する仕組み。専用の暗号化ポートを新設せず既存インフラを流用できる一方、昇格前の平文段階を攻撃者が改ざんして暗号化への移行を妨害するSTRIPTLS攻撃のリスクがある。
- SSH(Secure Shell)=リモートログイン・ファイル転送・コマンド実行を暗号化して保護するプロトコル。公開鍵認証を使えばパスワード認証より強固になり、ポートフォワーディング(トンネリング)機能で他のTCP通信をSSH経由に載せることもできる。
- S/MIME=電子メール本文を公開鍵暗号で暗号化し、デジタル署名で送信者認証・改ざん検知・否認防止を提供する規格。送受信者双方が証明書を持つ必要があり、組織間の機密性の高いメールに用いる。
- WPA2=AESベースのCCMPで無線LANを暗号化する規格だが、事前共有鍵運用時の4ウェイハンドシェイクに脆弱性(KRACK等)が指摘されている。WPA3はより強固な鍵交換(SAE:Simultaneous Authentication of Equals)を採用し、オフライン辞書攻撃への耐性・PFSを強化した後継規格。
ある企業のネットワーク設計者が、3つの通信要件に同時に対応する必要に迫られたとします。第一に、本社と支社を結ぶ拠点間VPNで、両拠点間の全トラフィック(送信元・宛先IPを含む)を秘匿しつつ改ざんも検知したい——この場合、IPsecのトンネルモード+ESPを選びます。トンネルモードは元のIPヘッダごとカプセル化するため拠点間のネットワーク構成を外部から隠蔽でき、ESPは暗号化まで行うため機密性要件を満たします(AHでは暗号化されないため不適)。第二に、既存の社内メールサーバ(SMTP)を改修せず、同じポート番号のまま通信を暗号化したい——STARTTLSが適します。ただし、暗号化への昇格前にSTRIPTLS攻撃で平文のまま通信させられるリスクがあるため、可能であれば送信ドメイン側でSTARTTLS必須のポリシー(MTA-STS等)と併用する設計判断が実務では重要になります。第三に、開発者が本番サーバに安全にログインし、かつ社内の管理コンソールへの通信もまとめて保護したい——SSHの公開鍵認証+ポートフォワーディングを使えば、パスワード漏えいのリスクを避けつつ、他のTCPサービスへのアクセスもSSHトンネル経由に一本化できます。このように「秘匿すべき対象は何か(ペイロードだけかIPヘッダも含むか)」「既存インフラとの互換性」「鍵管理の運用負荷」という3つの観点で最適なプロトコルとオプションを選び分けるのが、セキュアプロトコル選定の実務です。
| プロトコル | 主な適用層/場面 | 提供する保護 |
|---|---|---|
| IPsec(ESP・トンネル) | 拠点間VPN(ゲートウェイ間) | 機密性+完全性+認証 |
| IPsec(AH) | 改ざん検知が主目的の通信 | 完全性+認証(暗号化なし) |
| SSL/TLS(HTTPS) | Webアクセス | 機密性+サーバ認証+完全性 |
| STARTTLS | 既存の平文プロトコル(SMTP等)の昇格 | 機密性(昇格後のみ) |
| SSH | リモートログイン・管理 | 機密性+強固な認証 |
ひっかけ: 「AHはESPと同様にペイロードを暗号化する」は誤りです——AHは完全性・認証のみで暗号化を行いません。暗号化まで必要ならESPを選びます。また「トランスポートモードは拠点間VPNに使う」も誤り=トランスポートモードはエンドツーエンド(ホスト間)向けで、拠点間(ゲートウェイ間)VPNにはトンネルモードを使うのが基本です。
5.1.4この節のまとめ
- ESP=暗号化する(機密性+完全性+認証)、AH=暗号化しない(完全性+認証のみ)。トンネルモードは拠点間VPN、トランスポートモードはエンドツーエンド
- TLS 1.3はハンドシェイクを短縮しPFSを必須化。STARTTLSは既存ポートのまま暗号化に昇格するがSTRIPTLS攻撃に注意
- SSHは公開鍵認証とポートフォワーディングでリモート操作を保護、S/MIMEは暗号化+署名でメールを保護、WPA3はSAEでWPA2より強固
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理解度チェック
(軽い確認用)Q1. あるネットワーク設計者が、本社と支社を結ぶ拠点間VPNで、両拠点間の通信内容(IPヘッダを含む全体)を暗号化して秘匿しつつ、改ざんも検知したいと考えている。最も適した構成はどれか。
Q2. 既存の社内SMTPサーバの改修を最小限にしつつ、同じポート番号のまま通信経路を暗号化したい。このとき採用するプロトコルとして最も適切なものはどれか。
Q3. TLS 1.3の特徴に関する記述として最も適切なものはどれか。

